コンソーシアム、フルパートナー方式コンソーシアム方式の共同事業活動に、ある持ち分権をもつて参加して、互いにリスクを負担し、レベニュー(売り上げ)配分を受ける参加形態である。
ただし、参加する企業や国家が数パーセント程度といったきわめてわずかの持ち分権比率でしかない場合には、主体性がほとんど発揮されないため、これには該当しない。
四、リスク・レベニュー分担方式互いにリスクを負担し合うと同時に、レペニュー配分も受ける形態で共同事業活動に参加する方式である。
五、リスク分担方式互いにリスクを負担して参加はするが、共同事業活動の対価支払いをレベニュー配分方式ではない方式で受け取る形態である。
この場合は、主導的役割を果たす企業あるいは国家と、そうでない、明らかに従の立場でサプコントラクターとして参加するそれとの、共同事業関係の形態である。
前述の実施形態からの分類ではなく、共同事業活動の参加形態の面から見て、分類して定義すると次のような分け方となる。
その参画の度合いに応じて主導パートナー方式参加企業のうち、一社がさまざまな面で主導的な役割を果たして多くの分担シェアを引き受ける。
一般的に、中・大型機ではボーイング、小型機ではカナダのボンパルディアやブラジルのエンプラエルなどの例があって、経験、技術力、市場の信用、資金力などの豊富なその分野を代表する航空機メーカーである。
二、対等パートナー方式二つの企業または国家がほぼ半々の分担シェアしての共同事業方式である。
三、均等分担方式三つ以上の企業もしくは国家が、ほぼ均等な割合で分担シェアしての共同事業方式である。
これらは機体だけに止まらず、傾向である。
さらに、最近の傾向を紹介すると、欧州はエアバスの発足以来、一貫してコンソーシアムによる国際共同開発を行う形態を取ってきてはいるが、生産する段階では、欧州域内に止まらず、広くアメリカ、カナダや日本、中園、韓国などにも下請けに出している。
一方、ボーイングはエアバスとは違って、つねに強い主導権を確保する考え方で、三ヵ国の参加による国際共同開発でも、必ず七〇パーセント以上の分担比率を確保している。
ただし、従来のリスク分担方式から、フルパートナー方式へと移る流れが出てきており、それだけ、参加する他国企業に大きな権限と役割を与えるようになってきている。
また、生産に関してはエアバスと同様に、広く各国に下請けに出してエンジンや大物部品およびモジュール、素材など全般において見られる旧メツサーシュミットへの訪問それでは、民間機分野での実績が乏しいメーカー同士が、国際共同開発を志向しながらもうまくいかず、結局は計画が流れてしまったDASAのメッサーシュミット(MBB)社が主体となって開発を進める予定としていたMPC万の例を紹介しよう。
その大きな要因は、計画したメーカーがともに民間機開発の実績が少ないことから、エアラインからの信頼も注文も得られず迷走し、開発着手にまでは至らなかったケースである。
ここに紹介するのは、今後、日本が単独あるいは主導する形で開発に乗り出すときの参考になると思うからだ。
いまから十三年ほど前、筆者が石川島播磨重工を辞めて、まだ一年ほどしか経っていないころのことだった。
当時、駆け出しのライターとして、各種の科学技術雑誌、ビジネス雑誌および「週刊朝日」の連載をしつつも、財団法人や社団法人のシンクタンクの主任研究員を兼ねていた。
それと合わせて、長年にわたり産業分析や技術史などの研究会を行ってきた四人の友人らこともにシンクタンクを興して、先端技術分野の調査研究や経営分析、コンサルテーシヨンを行っていたころだった。
このシンクタンクのメンバーは、筆者と元科学技術庁の技官、大手電機メーカーの研究所で十数年勤めた研究者、NTTの元局長、科学技術雑誌の編集者らであった。
一九九〇年、財団法人のシンクタンクの仕事の一つに、科学技術庁からの委託で、『科学技術白書』の基礎データ集めがあった。
そのために、欧米諸国の研究機関やメーカーなどを訪問して、関係者とディスカッションし、先端技術の研究状況を把握して、最新のデータや資料を入手してくることになった。
この作業で航空宇宙関係の調査を担当した筆者は、欧州宇宙機関(ESA)や日本貿易振興会それにエアバスの本社、およびその構成企業であるドイツ・エアロスペース・AG(DASAH現EADS)の一部門の独メツサーシュミット(MBB) およびハンブルクにあるドイツ・エアバス、スペインのCASAほかを訪問した。
ドイツ南部の大都市、ミュンヘンにあるDASAの中核を成す元メッサーシュミット(MBB)の本社訪問と、ハンブルクにある同社のエアバス機を組み立て、生産する工場の見学も予定に入っていた。
ちなみに一九八〇年代後半、ドイツの航空機産業はダイムラー・ベンツが台風の目となって吸収合併による集約は目覚ましかった。
この調査でドイツを訪れる前年に、MBB社と、やはり歴史ある名門航空機メーカーの独ドルニエ社、独大手航空機用エンジンメーカーのMTU社、やはり歴史あるテレフンケン社の四社が統合して、これをダイムラー・ベンツAGE社の一〇〇パーセント子会社としてDASAを設立させていた。
さらに遡れば、一九八一年には、MBB社自身が中核となってVFW社やERN〇社、RFB社などを統合して巨大化し、仏アエロスパシアルや英BAeなどと肩を並べる欧州の航空宇宙(軍需)の大企業となっていた経過もあった。
ドイツも日本も、ともに第二次大戦の敗戦国で、戦後は一定期間の航空禁止の時代を経て、戦前の航空機メーカーが復活して、再度航空機生産を手がけることになるが、前者の合併、集約化の動きは他の欧州諸国と同様にすさまじい。
その点で日本は、航空再聞から五十年あまりたった今日も、良し悪しは別として合併や集約は起こらず、まったく固定化されたままで、世界の中では信じられないほど無風状態が続くきわめてwfな例である。
MBBを訪問する前年、筆者は「日本の航空機産業の将来展望」と題するセミナーで、そのとき、ともに講師を務めた川崎重工の大沢俊之営業部長と知遇を得た。
大沢部長は、川崎重工とMBBが五〇対五〇パーセントの対等パートナーで国際共同開発して成功した、主に輸送用の七人から一〇人乗りのBK117ヘリコプターを担当していた。
ちなみにBK117の開発費は約一〇〇億円で、これまで約四五〇機近く販売されている。
そのことから、同氏にMBB訪問のアレンジをお願いし、快く引き受けてもらえた。
パリに到着して、JETR〇など数カ所をまわったあと、欧州の主要都市やオランダの片田舎にあるESAなどを訪問したあとドイツに入った。
東西ベルリンの壁が崩壊してまもない、しかも、そのあと初めて行われた総選挙の直後だった。
それだけに、ドイツは大いに盛り上がっており、ことにドイツ南部を代表する都市ミュンヘンは、歴史、文化の漂う開放的な街だけに祭り騒ぎだった。
戦前、MBBはドイツ航空工業を代表する名門企業で、空軍向けの軍用機を大量生産していた。
一九四二年には、イギリスと先陣争いをしながら双発のメツサーシュミットMe262ジェット戦闘機を開発して実戦に投入していたことでも知られている。
この調査に出発する十日ほど前のことだった。
「リーダーズダイジェスト」がスクープとして、「日本の三菱重工とドイツのベンツ(メッサーシュミット)が包括的な提携を結んだ」と報じていた。
それは、MBBを傘下に収めて航空宇宙部門も抱え込んだ鼻息の荒いベンツと、日本の航空宇宙のトップメーカー三菱重工の提携だけに、さまざまな臆測を呼んでいた。

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