
銀座 マッサージには、コツがある!
毎年、新芽の季節がくると、野草やお茶、柿などの若い葉を揚げて食べる会をしてきたので、これだけはあきらめきれない。
非常用の七輪や炭を持ち出して、若い親類の子供たちとてんぷらパーティーをしようと思う。
第2章季節がくれる恵み、食する幸せ食べたいものを自分で作れる幸せ八百屋さんの店先で、やわらかそうなタケノコを見つけたら、好きなタケノコごはんが食べたくなった。
こまかく刻んだ油揚げといっしょに炊き込むタケノコごはんが好きなので、材料を買いそろえて帰った。
姫皮を使って若竹汁も作り、いただきもののざる豆腐とフキみそを食卓に並べた。
ごはんには木の芽や、もみのりをのせて食べたら、私には満ち足りた夕食になった。
食べたいものが自分で作れるのは幸せなこと。
私には一番の財産だと感じた。
一人暮らしでも、あるいはシニアマンションに入って、栄養のバランスもよく考えられた理想的な食事をとっている人でも、季節季節に食べ慣れてきた自分の家庭の味を、急に思い出すことがあると思う。
自分の生きてきた歴史に結びつく食べものはだれにもあるはずだ。
私は、家族との食車にのせてきた、ごく普通のそうざい料理を、一人になった今も続けて作ることが、生きる力になっていると感じることが多い。
すてきなシニアマンションに入った友人夫妻は、毎日の食事を心配しないで済むのはとても快適だが、ときどき無性に、みそ味の焼きおにぎりが食べたくなったり、季節ごとに必ず作っていた「わが家の行事食」が、その時期になると食べたくなるそうだ。
そこで、小さな台所で作れる範囲のものを作り、マンシヨン内の親しい人にもおすそ分けをして楽しんでいるという。
人間最後まで残る欲望は食欲だと思うので、いくつになっても、自分の食べたいものは、気楽に作れる能力はもっていたいと思う。
特別の料理というのではなく、家族を喜ばせたり、自分を満足させるものでいい。
焼きおにぎりでも、カレーでもいいのだ。
こういうことに男も女もない。
お酒の好きな人なら、酒のさかなの一、二品、得意のものを作れる楽しみをもちたい。
便利な少量メニュー届食べることだけは、どんなときにも手を抜くまいと心がけてはいるが、せつかく栄養のバランスを考えて一、ニ品の料理を作っても、一人だとすぐ食事が終わってしまう。
この料理にはこの器と、楽しみながら選んで盛りつけても、食べ始めてから食器のあと片づけまでし終わって、時計を見ると三十分くらいしかたっていないことが多い。
お酒が好きなら、ゆっくりとお酒を楽しむのだが、特に好きでもないし、一人では飲む気にならない。
赤ワインは好きだけれど、一本あけても飲み切れるわけではないから、だれか来たときしか家では飲まない。
ブランデーとリキュールは何種類か置いてあるが、お菓子作り用か、紅茶に入れて飲むくらいだ。
一人暮らしの友人知人は、申し合わせたように、「一人の食事は、一時間かけて作っても十分か十五分で終わってしまうから、つまらない」と言う。
そのためお酒の量がふえた、という人もいる。
私は一人で外食をするのは嫌いなので、外で食べるときはだれかといっしょだ。
年齢にしてはよく食べるので、若い人といっしょに食べに行っても特に困らないが、友人たちに聞くと、たとえば息子の家族とファミリーレストランなどに行くと、老夫婦は一人前を分けて食べるくらいでちょうどいいそうだ。
一人暮らし七年、七十三歳の男性が言っていた。
「たとえば、青豆ごはん一杯と、ワカメと豆腐のみそ汁、焼き魚に小松菜のゴマあえと漬け物。
こんな献立で、食べ残しなく、きれいに食べられるだけの量を自由に取って食べられる、そんな店があちこちにあったら、老人はほんとに助かりますよ」朝日新聞の家庭欄でも紹介されていたが、品数が多く、少量ずつ好きなものを選んで食べられる、そんな店がたくさんほしい。
シニアに便利な店は、みんなにも便利な店になることはまちがいないのだから。
希望聞いてくれる外食の居新聞に、少量メニューの店がたくさんほしいことを書いたら、意外に多くの知人から電話やはがきをいただいた。
たとえば、さる病院の前にある小さな食堂での昼食の例。
「ごはん、みそ汁は量を少なくといって店の人によそってもらい、焼き魚、きんぴらごぼう、野菜いためやクリームシチューなどと、いろいろ並んでいる中から二、三品をお盆に取り、漬け物を取って一人前六百円。
ちょっと幸せな感じになる店」とのはがきであった。
病院のそばでは、そういう要望が多いせいなのだろうか。
それで思い出したのは、私が札幌のシニアマンションに一泊体験入居をしたときの食堂での朝食。
ごはんは大きなジャーから自由によそい、みそ汁は係の人がよそってくれて、焼いた干物や野菜の煮物、青菜のおひたしなど一人前ずつ盛つであるのを取り、漬け物は自由に取れるよう大皿盛りになっていた。
ああいう感じなのだろうかと想像したが、要するに、値段は同じで、自分が食べられる量だけ取る、という形が共通しているようだ。
もう一つ、電話で知らせてくれたのは、駅前の大きな喫茶店の例。
朝はホテルの朝食をまねたバイキングスタイルで、客は独身サラリーマンや学生、子供連れの主婦もいて繁盛しているとか。
一人六百円を払えば食べ放題だが、そこに年寄りの姿も見かけたのが意外だったそうだ。
いろいろな店の情報を交換するのもいい。
ただ、一番望まれるのは、たとえば一人前のカレーが半分しか食べられない人が、あらかじめ申し出れば半分か、それに近い値段にならないかということ。
それなら、いいかと思うのだが。
できる店も多いのではな一方、利用者に便利な店が多くできるのはいいことだが、体が動く聞は、自分の好きなものを、手をかけ、時間をかけて作るのも、ぜいたくな楽しみだと思いたい。
食器はお気に入りを少数選ぶ年をとったら、身の回りはできる限りスリムにしておかないと、暮らしにくくもあるし、あと始末をしてもらう人に迷惑をかける。
よくわかっているのだが、食器だけは思うようにいかない。
このお茶はあの茶わんで飲みたい、とか、この魚ならあの皿で、といった、食器への好みは年とともに濃くなっている。
衣や住に関しては少しずつ処分をしてきで、あとはもう少しというところまでになったが、食にかかわるものは三分の一くらいしか整理できていない。
愛着のある食器、思い出のからむものなど、処分の決心がつきかねて、まずは身近な人に使ってもらう形から始めている。
バザーなどに出すときは、一度も使ってみなかったものや、しまい忘れているものを目をつぶって出すが、惜しいものもある。
三十代のころ、家事合理化の一つとして、十二坪(約四十平方メートル)間の家を建て、最小限の持ち物で暮らしてみようと試みた。
食器も、汁ものはすべて大ぶりの紅茶茶わん、夫婦の茶わんと箸、ほかに少数の皿と鉢、和洋中華の料理にも合うように、気に入っていた益子焼を選んだ。
あとは全部しまい込んで食事をしてみたら、三日くらいで、「やっぱり、みそ汁は漆のおわんがいいね」「紅茶は内側の白いカップでないと、色が見えなくて楽しくないわね」と、しまい込んだ器がだんだん出てきて、家事合理化のつもりの食器制限は失敗に終わった。
そんな経験があるので「シニアマンションに入るにしても、これだけは持ち込みたい」というものを、今選んでいる。
食は人間最後まで残る欲望だ。
えさではない、人らしい食事の演出役でもある食器は、お気に入りのものを楽しく食器集めを趣味にする人は多いが、子供たちが巣立ったころからは、生涯の使用に耐えるような、好きなものを少数持って、ていねいに自分で扱うことを考えて生きたいものである。
自分の歯、残す努力を「よくかんで食べないと、早くほけるそうよ。
あなたは食べ方が早いし、やわらかいものばかり食べていてはだめよ」親類のものが電話をかけてきた。
年をとると、耳に快くないことはなかなか言ってもらえない。
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